休養の日

疲労による企業の経済損失15兆円の衝撃

近年、企業における健康経営への関心が高まる中、特に「休養」と「疲労」に関する問題が注目を集めています。しかし、これまで疲労が企業にもたらす経済的損失について、具体的な数値データが存在しませんでした。そこで今回は、日本リカバリー協会が実施した大規模調査に注目。10万人規模のビッグデータを活用し、疲労による経済損失が年間15兆円に上るという調査結果について、その背景や今後の展望を詳しく取材しました。企業の持続的成長と従業員の健康維持の両立に向けた新たな示唆を見つけていきたいと思います。

プレスリリース:疲労による企業の経済損失

調査の背景と実施体制

―日本リカバリー協会が発表された「疲労による企業の経済損失」の調査結果について、産業界に大きな反響がありましたね。まず、この調査を実施された背景についてお聞かせください。

協:実は、この調査プロジェクトの立ち上げには、いくつかの重要な要因がありました。まず、近年、企業からの休養学セミナーの依頼が急増しており、健康経営への関心の高まりを強く実感していました。特にコロナ禍以降、従業員の心身の健康管理に対する企業の意識が大きく変化してきています。

―具体的にはどのような変化があったのでしょうか?

協:従来の健康経営は、定期健康診断の実施や運動促進といった基本的な取り組みが中心でした。しかし、テレワークの普及やデジタル化の加速により、新たな健康課題が浮上してきました。特に「疲労」に関する問題は、従来の施策では十分にカバーできていないという認識が広がっています。

―そこで今回の調査を実施されたわけですね。

協:ただし、調査を始めるにあたって大きな課題がありました。それは、「疲労」が企業にもたらす経済損失を具体的な数値として示せていなかったことです。企業が休養対策に投資する際の判断材料として、客観的なデータが必要だと考えました。

―調査の実施体制について、詳しく教えていただけますか?

協:今回の調査は、単独での実施ではなく、複数の専門機関との連携により進めました。具体的には、神奈川県未病産業研究会休養分科会、日本疲労学会、日本産業衛生学会産業疲労研究会との協力体制を構築し行いました。特筆すべきは、「ココロの体力測定」という10万人規模のビッグデータを活用できたことです。政府などが出しているオープンデータと、このデータベースの紐づけにより、性別・年代別での詳細な分析が可能となりました。

15兆円の衝撃:調査結果の詳細

―その分析結果について、詳しく教えていただけますか?

協:分析の結果、疲労による経済損失が年間15.2兆円にも上ることが判明しました。この数字は、プレゼンティーイズム(出勤はしているが生産性が低下している状態)による企業の総経済損失37兆円の約41%を占めています。内訳を見ると、最も注目すべき点は、すでに顕在化している疲労症状による損失が10兆円と、全体の67.7%を占めていることです。さらに、将来的な疲労症状リスクとして約3兆円、疲労関連症状による損失が約1.9兆円と続きます。

―従業員一人当たりの損失額も算出されていますね。

協:その通りです。全体を従業員一人当たりに換算すると、年間22.7万円の損失が生じている計算になります。特に男性の損失額が大きく、一人当たり28.4万円。女性は16.0万円となっています。この男女差についても、今後の対策を考える上で重要なポイントになると考えています。

企業の反応と健康経営の新展開

―これらの数字を見て、企業の反応はいかがでしょうか?

協:多くの企業が、従来の健康経営の取り組みだけでは不十分だということを認識し始めています。特に注目すべきは、健康経営の新しいステージとして、より科学的なアプローチを求める声が増えていることです。従来の「残業を減らす」「有給休暇の取得を促進する」といった施策から一歩進んで、「休養の質」を重視する動きが出てきています。例えば、休養学の知見に基づいた仮眠室の設置や、個人の疲労度に応じた休憩時間の設定など、より踏み込んだ施策を検討する企業が徐々に増えだしています。

―そのような変化の背景には、どのような要因があるのでしょうか?

協:1つは、今回の調査で示された経済損失の大きさです。年間15兆円という数字は、経営者層に大きなインパクトを与えました。もう一つは、人材獲得競争の激化です。優秀な人材を確保・維持するために、より先進的な健康経営施策が求められているのです。

未来への展望:2030年のリカバリー(休養・抗疲労)市場との関連

―今後の展望についてはいかがでしょうか?

協:私たちは2030年にリカバリー市場(ソリューション)を約14兆円規模まで拡大させることを目指しています。この目標設定には重要な意味があります。単なる市場拡大を目指すのではなく、企業における疲労対策の重要性を社会全体に認識してもらい、適切な投資を促進することが狙いです。具体的には、三つの方向性で取り組みを進めていきます。一つ目は、休養学の考え方を企業経営に組み込むための啓発活動です。二つ目は、より効果的なリカバリーソリューションの開発支援です。そして三つ目は、疲労対策の効果測定の標準化です。

―最後に、企業や個人に向けてメッセージをお願いします。

協:今回の調査で明らかになった年間15兆円という損失は、決して避けられない「コスト」ではありません。適切な対策を講じることで、大きく改善できる可能性があります。特に重要なのは、疲労を個人の問題として片付けるのではなく、企業の経営課題として正面から向き合うことです。休養を「コスト」ではなく「投資」として捉え直し、科学的なアプローチで対策を講じていく。そのような意識改革が、企業の持続的な成長には不可欠だと考えています。2030年の14兆円市場という目標は、その道筋を示すものです。この目標達成に向けて、私たち日本リカバリー協会も、企業の皆様と共に、より効果的な疲労対策の実現に取り組んでいきたいと考えています。

―本日は貴重なお話をありがとうございました。