前編では、JR東海が奈良の新たな魅力を伝える切り口として、日本リカバリー協会が提唱する「休養学」に着目した背景について伺いました。「奈良へ旅行に行く」のではなく、「奈良へ休養しに行く」。その新しい視点は、JR東海が長年発信してきた奈良の魅力に、これまでとは異なる価値を与えました。後編では、「丸の内キャリア塾」の反響や、「会いにいこう、を支えていく」というJR東海のブランドメッセージと休養学との共通点、そして今後の地域観光への可能性について伺います。
休養学が、奈良へ足を運ぶきっかけを生んだ
―「丸の内キャリア塾」の開催後、参加者やお客様からはどのような反響がありましたか。
五位渕:今回、とても嬉しかった出来事があります。薬師寺の大谷副住職は全国各地で法話会を開催されていますが、「丸の内キャリア塾で対談を聞いたことがきっかけで、初めて法話会へ参加しました」という方が実際にいらっしゃったそうなんです。
―具体的な行動変容が起こるのは嬉しいですね。
五位渕:私たちが目指していたのは、イベントを開催すること自体ではありません。その先に、「奈良へ行ってみたい」「薬師寺を訪れてみたい」「実際にお写経を体験してみたい」という行動につながることでした。今回、休養学という切り口を通じて、奈良や薬師寺に興味を持ち、一歩踏み出してくださった方がいらっしゃったことは、とても大きな成果だったと感じています。
―休養学が、観光に貢献できる。
五位渕:観光プロモーションは、情報を届けるだけでは十分ではありません。その情報が人の心を動かし、実際の行動につながって初めて、本当の価値が生まれると思っています。そういう意味でも、今回の取り組みは私たちにとって非常に手応えのあるものになりました。

提供:JR東海
「会いにいこう」と休養学が重なる理由
―JR東海様は「会いにいこう、を支えていく」というブランドメッセージを掲げています。この考え方と休養学には、どのような共通点を感じられましたか。
五位淵:今回、日本リカバリー協会の皆さんとご一緒して、一番共感した部分かもしれません。JR東海では、「会いにいこう、を支えていく」というメッセージを大切にしています。この「会う」という言葉は、人と人が会うことだけを意味しているわけではありません。
―具体的に、奈良への観光はどのような価値になりますか
五位淵:「奈良でしか出会えない景色に出会う。」、「1300年以上続く歴史や文化に出会う。」、「新しい価値観や、自分自身の新たな一面に出会う。」そうした様々な「出会い」を支えることが、私たちの役割だと考えています。鉄道会社として毎日安全に列車を運行しているのも、その「会いたい」という気持ちを支えるためです。
―「会いたい」というキーワードは休養学とどのような関係があるとお考えですか
五位淵:今回、休養学のお話を伺う中で、人と直接会うことや場所を変えることが心身のリフレッシュにつながるという考え方を知り、「私たちが支えている移動には、こんな価値もあったのか」と改めて気づかされました。ブランドメッセージと休養学が、非常に自然につながった瞬間だったと思います。
移動は、目的地へ行く手段から“整える時間”へ
―「移動すること」そのものが、休養につながるという考え方ですね。
五位淵:そうですね。一般的には、移動は目的地へ行くための手段として考えられることが多いと思います。でも、休養学の「転換」という考え方に触れたことで、場所を変えること自体が人の心や身体に良い影響を与えることを改めて実感しました。さらに、人と直接会うことによって気持ちが軽くなったり、新しい刺激を受けたりすることも、休養の一つの形だと教えていただきました。
―JR東海さんの視点で、休養学と移動との、今後の関係はどうお考えですか。
五位淵:私たちは鉄道会社として、移動そのものを支えています。東海道新幹線は日々50万人、年間では1億8000万人の人々が東京、名古屋、新大阪という日本の大動脈を移動することを支え続けています。今、建設中のリニア中央新幹線は、そうした日本の大動脈の移動を東海道新幹線と合わせて2本で支えるとともに、時速500kmの圧倒的なスピードで東京-名古屋を最速40分、東京-大阪を最速67分で結んで、移動時間を短縮することで、お客様が自由に使える時間を増やしていくことを目指しています。その時間が、大切な人と過ごす時間になったり、自分を整える時間になったりする。そう考えると、JR東海が提供している価値と休養学には、非常に大きな共通点があると感じています。

提供:JR東海
何度も訪れるたびに、自分との向き合い方が変わる
―現代人の疲労やストレスという社会課題に対して、奈良はどのような役割を果たせると思われますか。
五位渕:私自身、奈良は「空っぽになれる場所」だと思っています。東京で生活していると、仕事や情報に常に囲まれています。メールやSNS、ニュースなど、頭の中が休まる時間はほとんどありません。奈良へ行くと、そうした情報から少し距離を置くことができます。一度、自分の頭を空っぽにする。すると、その空いたスペースに、新しい知識や文化、人との出会いが自然と入ってくるんです。
―頭に余白を作ってから、奈良を感じるということですね。
五位渕:そうですね。奈良には1300年以上続く歴史があります。その一方で、文化財を活用したホテルや新しい飲食店など、新たな魅力も生まれています。変わらないものと、新しく生まれるもの。その両方に触れられるからこそ、「また行きたい」と思える場所になるのではないでしょうか。忙しい毎日の中で疲れを感じている方にとって、奈良は「単に旅行する場所」ではなく、「自分自身を整えに行く場所」になれると思っています。
―今後、奈良をどのような場所として発信していきたいと考えていますか。
五位渕:歴史や文化を感じるためだけの場所ではなく、「何度も訪れたくなる場所」として発信していきたいですね。奈良は、一度訪れて終わる場所ではありません。季節が変われば景色も変わりますし、社寺を訪れたときなら、現地で聞く法話もその時々で内容が違います。自分自身の人生のステージによっても、奈良から受け取るものは変わります。
―確かに、小学生や中学生の時のイメージからアップデートしていない方も多いかもしれません。
五位渕:若い頃に訪れた奈良と、仕事や子育てを経験した後に訪れる奈良では、感じることがまったく違うと思います。だからこそ、人生の節目ごとに訪れたくなる場所になってほしい。休養学は、その価値を伝えるための非常に相性の良い考え方だと感じています。

東大寺二月堂からの夕景 写真/EditZ
観光からリカバリーへ、地域プロモーションの新しい可能性
―最後に、日本リカバリー協会との取り組みを通じて感じた可能性についてお聞かせください。
五位渕:今回、日本リカバリー協会の皆さんとご一緒したことで、私たち自身も奈良を新しい視点で見ることができました。これまで感覚的に伝えてきた奈良の魅力を、休養学という理論で整理していただけたことは、大きな発見でした。旅には、観光するだけではない価値があります。「場所を変えること。」、「時間を変えること。」、「人と出会うこと。」、「そして、自分自身と向き合うこと。」そうした旅の価値を、休養学は分かりやすく言葉にしてくれます。
―地域ごとの特徴を有効に活用出来そうな視点ですね。
五位渕:これは奈良だけでなく、日本各地の地域プロモーションにも活かせる可能性があると思っています。地域ごとに異なる文化や自然、歴史があります。その地域ならではの「心身を整える価値」を休養学という視点で発信していくことで、新しい観光の魅力が生まれてくるのではないでしょうか。今回の取り組みは、その第一歩になったと感じています。
「観光」から「リカバリー」へ、新しい旅の価値をつくる
今回の対談を通じて印象的だったのは、JR東海が「奈良を売る」のではなく、「奈良で過ごす時間の価値」を伝えようとしていたことです。世界遺産や歴史、文化を紹介するだけではなく、「奈良を訪れることで、心と身体が整う」という体験そのものを発信する。その考え方は、日本リカバリー協会が提唱する休養学と重なり合い、「旅=心身を整える時間」という新しい価値を生み出しました。観光は、「何を見るか」から「その旅で自分がどう変わるか」へ。今回のJR東海と日本リカバリー協会の連携は、地域観光に新たな視点をもたらす取り組みとなりました。
「会いにいこう、を支えていく。」そのブランドメッセージには、人と人だけではなく、地域と人、そして新しい自分自身との出会いを支えるという想いも込められています。旅は、心と身体を整える時間になる。奈良から始まったこの挑戦は、これからの地域観光、そして日本のリカバリーツーリズムの可能性を広げる第一歩となるのではないでしょうか。
「いざいざ奈良」とは
2022年5月に始まった、JR東海の奈良の観光キャンペーン「いざいざ奈良」。奈良は、1300年以上の時を超えて受け継がれてきた魅力と、今を生きる人たちが新たに発信する魅力が合わさった、知るほどに面白く、触れるほどに新たな好奇心をかきたてられる旅ができる場所です。キャンペーンコピーにある「いざいざ」は、万葉集や古事記にもみられる人をいざなう意味で用いられることばの「いざ」を繰り返したもので、奈良への旅の誘いの思いを込めています。