事例

JR東海が休養学と出会い、奈良の新たな価値を見つけた理由【前編】

1,300年以上の歴史が息づく奈良。東大寺、法隆寺、薬師寺や吉野をはじめとする世界遺産、神社仏閣、豊かな自然など、日本を代表する観光資源を有する地域です。一方でJR東海では、「奈良には素晴らしい魅力がある。その魅力を最大限伝えるためにまだできることがあるはず」という課題を感じていました。そんな中で出会ったのが、日本リカバリー協会が提唱する「休養学」という考え方です。「奈良へ旅行に行く」のではなく、「奈良へ休養しに行く」。この新しい視点は、奈良という地域の価値をどのように変えたのでしょうか。今回は、JR東海広報部東京広報室 五位渕さんと宮澤さんに、日本リカバリー協会との取り組みが始まった背景と、休養学を通じて見えてきた奈良の新しい魅力について、リカバリーツーリズムという視点で伺いました。

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奈良の魅力を、まだ届いていない人へどう伝えるか

―まず、奈良の観光プロモーションにおいて、どのような課題を感じていらっしゃったのでしょうか。

宮澤:JR東海では「いざいざ奈良」というキャンペーンを通じて、首都圏の皆さまへ奈良の魅力を発信しています。奈良には1300年以上続く歴史や文化があり、世界遺産や神社仏閣など、日本を代表する観光資源があります。その魅力そのものには大きな自信があります。一方で、「まだ奈良の魅力に気づいていない方々へ、その価値をどう届けるか」という点は、長年の課題でした。

―具体的に描いていた伝えたい方や、これを伝えたいことなどはありましたか?

宮澤:特に首都圏では、多くの方が仕事や家事、育児などに追われ、毎日忙しく過ごされています。私たち自身も東京で仕事をしていますので、その慌ただしさは日々実感しています。そうした方々に対して、「奈良で過ごす時間にはどんな価値があるのか」を、もっと分かりやすく伝えたいと考えていました。世界遺産がある、歴史があるということだけではなく、「奈良へ行くことで、自分自身にどんな変化が生まれるのか」という価値を伝えたい。その表現方法を探していたんです。

 

「奈良へ休養しに行く」という新しい観光の切り口

―その中で、「休養学」という考え方に出会われたのですね。

宮澤:はい。一番印象的だったのは、休養学の中にある「転換」という考え方でした。休養にはさまざまなタイプがありますが、その一つとして「場所を変えることによって心身をリフレッシュする」という考え方があります。それを知ったときに、「これは奈良への旅行そのものではないか」と感じました。私自身、仕事で奈良を訪れる機会が多いのですが、奈良へ着くと自然と気持ちが切り替わる感覚があります。

―ご自身の経験が紐づいたのですね。

宮澤:東京の日常では、一日に何十件ものメールや電話、打ち合わせに追われています。ですが、奈良へ行くと、「歩く速度も、考える時間も自然とゆっくりになる」、「頭の中が整理され、心も少し軽くなる」などの感覚が以前からありました。だからこそ、「奈良へ旅行に行きましょう」というだけでなく、「奈良へ休養しに行きませんか」という伝え方をしてみたら、現代の生活者には響くのではないかと思いました。

提供:JR東海

感覚的な魅力を、休養学が“伝わる言葉”に変えた

―「癒やし」や「リラックス」という言葉とは、少し違う印象がありますね。

宮澤:そうですね。観光では昔から「癒やし」や「リラックス」という言葉が使われています。もちろん、それらも間違いではありません。ただ、人によって受け取り方が違いますし、少し感覚的な表現でもあります。一方で休養学は、「なぜ休養が必要なのか」「どのような行動が心身の回復につながるのか」が体系的に整理されていると感じました。

―感覚的なものではなく、学問として体系化された中で価値があると。

宮澤:私たちが感覚的に「奈良へ行くと落ち着く」と感じていたことを、休養学が理論として説明してくれました。奈良の価値を、生活者により分かりやすく伝えられる共通言語を見つけたような感覚でした。

薬師寺金堂 写真/EditZ

薬師寺の写経と休養学がつながった瞬間

―その考え方が、「丸の内キャリア塾」での企画につながっていったのでしょうか。

宮澤:はい。JR東海では、日本経済新聞社が主催する「丸の内キャリア塾」に長年協賛し、奈良の魅力を発信しています。今回のテーマとなった薬師寺も、「いざいざ奈良」キャンペーンでご紹介していた場所でした。

―具体的に休養学との接続部分を教えていただけますか。

宮澤:薬師寺には法話やお写経など、自分自身と向き合える体験があります。特にお写経は、一文字一文字を書きながら心を整えていく、とても豊かな時間です。私たち自身、その体験には現代人に必要な価値があると以前から感じていました。そして休養学のお話を伺ったとき、「これはまさに心身を整える時間そのものだ」と思ったんです。薬師寺が長年伝えてきた価値と、休養学が伝えている価値が、とても自然につながりました。そこで、薬師寺・大谷副住職と、日本リカバリー協会代表理事の片野先生にご登壇いただき、「休養」という新しいテーマで対談を企画しました。

―実際に対談をご覧になって、印象に残ったことはありましたか。

宮澤:一番印象的だったのは、片野先生がおっしゃった「奈良は場所だけでなく、時間も転換している」という言葉でした。休養学では、「場所を変えること」が心身のリフレッシュにつながるという考え方があります。そこに加えて、「奈良では1300年前の時間が今も流れている。奈良へ行くことは時間を転換することでもある」というお話を伺い、非常に腑に落ちました。

薬師寺お写経道場 写真/薬師寺

 

1300年前の空気に触れる、奈良ならではのリカバリー体験

―転換タイプの新しいシチュエーションに感じます。

宮澤:“新幹線に乗って奈良へ向かうことは、単に場所を移動するだけではない。現代の日常から離れ、日本という国が形づくられた時代へ、タイムトラベルするような感覚がある。”私自身も以前から奈良にはそうした魅力を感じていましたが、それを「時間の転換」という言葉で整理していただいたことで、奈良の価値を改めて発見することができました。

―その対談を通じて、奈良という地域を改めて見つめ直す機会にもなったのでしょうか。

宮澤:そうですね。対談では「京都と奈良の違い」という話もありました。京都は、美しく整えられた文化が魅力です。一方で奈良には、自然のまま残された風景や、少し無骨さを感じる文化があります。特に都会の喧騒に身を置く人は、完成された美しさを見るだけではなく、自然さや素朴さが残るものに触れることで、より心が動くのではないか。そうしたお話があり、とても印象に残っています。

―京都と奈良については、大きく括られることも多いですが、確かに発展の成り立ちが大きく違いますね。

宮澤:奈良には、日本という国が始まった頃の景色が今も残っています。お寺から眺める風景も、山そのものを御神体として信仰してきた文化も、1300年前から大きく変わっていません。その空間に身を置くことで、自分自身も少しずつ整っていく。私たちはこれまで、世界遺産や歴史という魅力を伝えてきましたが、休養学と出会ったことで、「奈良で過ごす時間そのものが人を整える」という新しい価値に気づくことができました。これは私たちにとっても大きな発見でした。

三輪山 写真/EditZ

奈良で見えてきた「休む旅」の価値

前編では、JR東海が奈良の新たな魅力を伝えるために「休養学」という視点に出会い、「旅で心身を整える」という新しい価値を見出した背景について伺いました。後編では、イベント参加者に起きた行動変容や、JR東海が掲げる「会いにいこう、を支えていく」というブランドメッセージと休養学との共通点、そして「リカバリーツーリズム」という新たな観光の可能性についてお話を伺います。

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「いざいざ奈良」とは

2022年5月に始まった、JR東海の奈良の観光キャンペーン「いざいざ奈良」。奈良は、1300年以上の時を超えて受け継がれてきた魅力と、今を生きる人たちが新たに発信する魅力が合わさった、知るほどに面白く、触れるほどに新たな好奇心をかきたてられる旅ができる場所です。キャンペーンコピーにある「いざいざ」は、万葉集や古事記にもみられる人をいざなう意味で用いられることばの「いざ」を繰り返したもので、奈良への旅の誘いの思いを込めています。