事例

徳島県が休養学とともに描いたリカバリーツーリズム【後編】

前編では、徳島県が「休める県」という新たなブランドコンセプトを掲げ、日本リカバリー協会の「休養学」を取り入れた背景について伺いました。「徳島へ観光に来る」のではなく、「徳島で休んでいく」。この発想の転換は、観光資源の見せ方だけではなく、地域そのものの価値を見つめ直すきっかけにもなりました。後編では、「徳島で休んでく?」というプロモーションがどのように形になっていったのか、そして休養学が地域にもたらした可能性について、徳島県知事戦略局の原さんに伺いました。

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「休んでく?」という言葉に込めた、徳島らしいやさしさ

―「徳島で休んでく?」というコピーは、とても印象的です。クリエイティブではどのようなことを意識されたのでしょうか。

原:このプロモーションでは、「休もう」という言葉ではなく、「休んでく?」という語りかけを大切にしました。「休もう」だと少し一方的に感じられますが、「休んでく?」には、「ちょっと寄っていきませんか」「無理せず休んでいきませんか」という、徳島らしい自然な温かさがあります。観光地へ「来てください」と呼び込むのではなく、徳島の人が普段から使うような言葉で迎え入れたいという思いを込めました。

BGMを使わない映像が伝えたかったもの

―映像も非常に印象的でした。あえてBGMを使わなかったそうですね。

原:一般的な観光PRでは、音楽で盛り上げる演出が多いと思います。しかし今回は、「休養」がテーマです。だからこそ、音楽で感情を演出するのではなく、その場所に流れている空気そのものを感じてもらいたいと考えました。風の音や波の音、鳥のさえずり、深呼吸する音、出演者が自然に笑ったり、ほっと息をついたりする声など、その場でしか感じられない音を大切にしています。

―映像を見ているだけで、ゆっくり呼吸したくなります。

原:そう感じていただけたら嬉しいですね。映像を見た方自身の呼吸や時間の流れまで少しゆっくりになるような、そんな映像を目指しました。出演者の皆さんも、実際に徳島で心からリラックスされていたので、その自然な表情をそのまま届けることができたと思っています。

「休養学」が徳島の魅力を広げてくれた

―休養学を取り入れたことで、徳島の魅力の見せ方は変わりましたか。

原:大きく変わりました。以前であれば、「休む」というと温泉や静かな場所でのんびり過ごすというイメージが中心でした。しかし、休養学では「休養」はもっと広い概念です。サーフィンのように身体を動かすことも休養ですし、藍染めのようにものづくりへ集中する時間も休養になります。

―従来の観光資源にも、新しい価値を与えられたということですね。

原:その通りです。休養学という考え方を知ったことで、「徳島のあらゆる体験が休養につながる」という視点を持つことができました。海や山、川といった自然だけでなく、人との温かな交流や文化体験も含めて、「心と身体を整える時間」として一つのストーリーで伝えられるようになったことは、大きな変化でした。私たち自身も、「徳島にはこんなにも多様な休養資源があったのか」と改めて気づくことができました。

「休める県」は、県民の意識も変えていく

―今後、「休める県」というコンセプトをどのように広げていきたいとお考えですか。

原:このプロモーションは今後も継続していきますが、それ以上に大切だと考えているのは、県民の皆さんの意識です。例えば、徳島空港では、到着された方へ「徳島で休んでくれてありがとう」というメッセージとともに和三盆をお渡しする取り組みも始めました。こうした小さな取り組みを積み重ねながら、「休みに来てくれた人を自然に歓迎する文化」を地域全体で育てていきたいと思っています。

 

「何もない県」ではなく、「休める県」へ

―地域全体の文化づくりまで見据えているのですね。

原:はい。実は徳島では昔から、「徳島なんて何もないところだから」という言葉を耳にすることがあります。観光で来られた方にも、「何もないでしょう」と話してしまうことがあるのですが、それは本当にもったいないことだと思っています。

―地元だからこそ気づきにくい魅力があるのですね。

原:徳島には、お遍路文化があります。困っている人がいれば自然に声を掛け、お接待をする。「どうぞ休んでいってください。」そんな文化が何百年も前から受け継がれてきました。それなのに、私たち自身がその価値を十分に認識できていなかったのかもしれません。だからこそ、「休める県」というコンセプトを通じて、県民の皆さんにも徳島の魅力を再発見していただきたいと思っています。観光客だけでなく、地域の人たち自身が誇りを持てるブランドに育てていきたいですね。

 

地域は、人を「回復させる場所」になれる

―最後に、日本リカバリー協会との取り組みを通じて感じた可能性について教えてください。

原:休養学と出会ったことで、「休む」という少し曖昧だったテーマを、地域のさまざまな資源と結び付けて考えられるようになりました。これまでは、「自然があります」「食がおいしいです」と個別に伝えていたものが、「どんな休養につながる体験なのか」という視点で整理できるようになったことは、とても大きな変化でした。これからの観光は、「どこを見るか」だけではなく、「そこでどんな時間を過ごすか」がより重要になっていくと思います。都市部で忙しく働く人たちが、徳島で少し立ち止まり、自分らしさを取り戻す。そんな場所として選んでいただけたら嬉しいですね。休養学は、その価値を分かりやすく伝えるための共通言語になりました。今後は観光だけでなく、企業研修やワーケーション、地域づくりなど、さまざまな分野へ広げていける可能性を感じています。

「休める県」が、日本の旅を変えていく

今回のインタビューを通じて感じたのは、「徳島で休んでく?」は単なる観光キャンペーンではないということでした。観光地を紹介するのではなく、「休める県」という地域の価値を再定義するプロジェクト。その中心にあったのが、日本リカバリー協会が提唱する「休養学」でした。休養学という視点が加わったことで、サーフィンや藍染め、人との交流、お遍路文化など、一見すると異なる徳島の魅力が、「心と身体を整える体験」という一本のストーリーで結ばれました。そして、このプロジェクトが目指しているのは、観光客を増やすことだけではありません。県民自身が地域の魅力を再認識し、「休みに来てくれてありがとう」と自然に伝えられる文化を育てていくことです。「何もない県」ではなく、「休める県」。その価値が地域に根づいたとき、徳島県は日本を代表するリカバリーツーリズムのモデルケースとなる可能性を秘めています。旅の目的が、「見る」から「整える」へ。徳島県の挑戦は、日本の観光の未来に新しい選択肢を示しています。

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【プロフィール】
原 純也氏
2019年入庁 徳島県知事戦略局 係長
2025年度、首都圏プロモーションを担当