「旅行に行ったはずなのに、帰ってきたら疲れていた。」そんな経験は、多くの人が一度は感じたことがあるのではないでしょうか。観光地を巡り、話題のグルメを楽しみ、限られた時間の中で予定を詰め込む。「充実した旅」である一方で、身体も心も休まらない──。そんな現代人の旅行スタイルに対して、新しい提案を行った自治体があります。徳島県が2025年からスタートした観光プロモーション「徳島で休んでく?」です。徳島県が着目したのは、「観光」ではなく「休養」。日本リカバリー協会が提唱する「休養学」の考え方も取り入れながら、「休める県」という新しい地域価値を発信しています。今回は、徳島県知事戦略局の原さんに、プロジェクト誕生の背景と、「休む」をテーマにした新しい観光プロモーションについて伺いました。
宿泊者数の課題から始まった「休める県」という挑戦
―まず、「徳島で休んでく?」プロジェクトが生まれた背景について教えてください。
原:このプロジェクトは、徳島県の観光プロモーションとしてスタートしました。徳島には豊かな自然や食文化、歴史、伝統文化など、本当に多くの魅力があります。しかし一方で、全国的な観光地としての認知度は決して高くなく、宿泊者数も伸び悩んでいました。「どうすれば徳島へ来てもらえるのか。」それが出発点でした。
―県独自の課題からのアプローチだったのですね。
原:そこで改めて徳島という地域を見つめ直した時に、私たちが日常として当たり前に感じていた「ゆったりとした時間」が、大きな価値になるのではないかと考えました。徳島県は、都会のように次々と観光地を巡る場所ではありません。自然の中でゆっくり過ごし、人との触れ合いを楽しみ、自分の時間を取り戻せる場所です。そこで、「徳島へ観光に来てください」ではなく、「徳島で休んでく?」というメッセージを発信することにしました。

「観光地を紹介する」から「価値を伝える」プロモーションへ
―これまでの観光プロモーションとは、大きく考え方が変わったのでしょうか。
原:そうですね。これまでは「鳴門の渦潮があります」「祖谷のかずら橋があります」「自然がきれいです」と、一つひとつの観光資源を紹介するプロモーションが中心でした。もちろん、それも徳島の魅力です。ただ、それぞれを個別に紹介するだけでは、地域全体の価値として伝わりにくいという課題がありました。
―徳島県全体としてのメッセージが必要だったということですね。
原:そこで今回は、「休む」というテーマを先に設定し、そのテーマに沿って観光地や体験を選び、クリエイティブも統一していきました。私たちはこれを、「徳島の価値を再定義する取り組み」だと考えています。鳴門の渦潮も、祖谷のかずら橋も、美しい海も山も、それぞれ単独ではなく、「徳島は休める県」という一つのストーリーの中で伝えられるようになりました。

「旅行すると疲れる」という都会のリアル
―ターゲットには首都圏の若い世代を設定されています。その理由を教えてください。
原:今回のターゲットは、首都圏で働く20〜30代です。企画を進める中で改めて感じたのは、多くの方が平日は忙しく働き、週末に旅行へ出かけても、限られた時間で予定を詰め込み、帰宅した頃にはまた疲れてしまっているという現実でした。「旅行に行ったのに休めていない。」そんな現代の旅行スタイルに対して、「本当に休める旅」という新しい選択肢を提案したいという思いが、このプロジェクトには込められています。
徳島には、「何もしない贅沢」がある
―徳島ならではの「休養資源」は何だと思われますか。
原:徳島には、都会では当たり前ではない風景や時間の流れがあります。例えば、改札のない駅や一両編成の列車、自分で開け閉めする列車のドア。徳島では日常の風景ですが、都会で暮らす方にとっては、それだけでも非日常を感じられる体験になります。
―県民にとっては当たり前でも、訪れる人には新鮮な体験になるのですね。
原:そうなんです。最初は「何もない」と思われるかもしれません。でも、その「何もない」が、都会ではなかなか味わえない豊かな時間を生み出してくれます。何かをし続けるのではなく、何もしない時間を楽しめること。それこそが徳島らしい価値なのだと思います。

「休養学」が徳島の魅力を言葉にしてくれた
―今回、日本リカバリー協会の「休養学」と組み合わせたことで、どのような変化がありましたか。
原:私たちは最初、「休む」と聞くと、温泉へ行くとか、何もしないでのんびりするといったイメージを持っていました。しかし、休養学ではそれだけではありません。身体を動かすことも休養ですし、人との交流も休養、文化に触れることも休養になります。その考え方を知ったことで、「徳島にはこんなにも多様な休養資源があったのか」と改めて気づかされました。
―具体的にはどのようなものがありますか。
原:例えば、海でのサーフィンは積極的休養になりますし、藍染め体験は創造的な休養として捉えることができます。休養学という考え方があったからこそ、これまで点として存在していた徳島の魅力を、「休める県」という一つの価値として結び付けることができました。私たち自身も、「徳島には休養資源が豊富にある」ということを再発見できたことは、大きな成果だったと感じています。

「休める県」というブランドは、地域の価値そのものを変えていく
今回のインタビューで印象的だったのは、徳島県が「観光資源を増やそう」と考えたのではなく、「地域の価値そのものを見つめ直そう」としていたことでした。世界的な観光地がなくても、テーマパークがなくても、徳島には心と身体を休める時間があります。その価値を「休養学」という新しい視点で言葉にしたことで、「休める県」というブランドが生まれました。前編では、徳島県が「休む」というテーマに着目した背景と、休養学との出会いによって見えてきた地域の新しい価値について伺いました。後編では、「徳島で休んでく?」というクリエイティブ制作の舞台裏や、休養学が地域ブランディングにもたらした変化、そして「地域が人を回復させる場所になる」という未来について、さらに詳しくお話を伺います。

【プロフィール】
原 純也氏
2019年入庁 徳島県知事戦略局 係長
2025年度、首都圏プロモーションを担当